真夏前線、異状なし
 


     


前例などない場所での、しかも突発的興行となった夜店屋台は
ふたを開ければなかなかの盛況ぶりで。
イマドキならでは、lineで情報が拡散されたか、
夜が更けるに従って夏休み真っ只中の中高生層の客が増えているらしく、
これというBGMも流れてないのに、
時折華やいだ笑い声が沸き立つのが
そわそわするよな夏の夜らしい雰囲気を感じさせている。
鎮守の社だの盆踊りのステージだのはないけれど、
その代わりのようなメインイベント、
豪華賞品が当たるよと銘打った
ガラポンと呼ばれる福引を一番奥のテントで催しており。
細波の効果音でも奏でるように、取っ手の付いた福引機を回せば、
特等は温泉旅行のペアチケットで、一等二等はお米券やビール券、
お子様向けにはキャラクターもののぬいぐるみや電子遊戯機のソフトなども取りそろえ、
最低でも袋詰めの有名メーカーの駄菓子千円相当が当たるという大盤振る舞い。
そんなお誘いに乗っかった家族連れも結構やって来ており、
近所の方々も悪い気はしないのか苦情を言ってくる気配もないらしい。

 「人虎。」

そんな賑わいからやや離れたところ。
二軒の一般家屋の裏手と裏手とが接し合っている格好の、
小さな路地に当たろう細い道の取っ掛かりにこそりと身を置き。
腰の高さから鉄製の柵を植えさせた小じゃれたデザインの外塀、
レンガ積みの塀の端っこにちょこりと腰かけていた虎の少年へ、
夜陰の中へ掠れ入ってしまいそうな低められたお声がかかる。
ちょっと不名誉というかあんまり嬉しくはない呼称ながら、
そんな独特な呼び方だからこそ、身内と判るというのも妙なもので。
背中と首を伸ばしてそちらを見やれば、
さっきまで羽織っていた黒外套を脱いで、
それも夏向きとは言えないがずっと軽やかないでたち、
白シャツと中衣姿に戻った連れが、
明らかに人の集まるところへ背を向けてこちらへとやって来ており。
その手に提げていたそれは大きなビニール袋をほれと差し出したのを、
抵抗も疑りもなく素直に受け取り、何だ?と口の開いてる上辺から覗き込めば。

 「あ…綿あめvv」

しかも作り置きではないのだろう、ふっかふかで微かに温かい。
わあと喜色満面となった敦が、
突き立っている割りばしを手に取ってそおと引っ張り出す様子は、
こういう可愛らしものの取り扱いをようよう心得ていること、
何も語らぬうちから裏打ちしており。
だがだが、

 「焦がした砂糖の良い匂い。
  そっかザラメで作るんだものこういう匂いだよね。」

 「? そっか…って。」

手慣れていたように見えたがと小首をかしげる芥川へ、
首をすくめて えへへと笑い、

「絵本やテレビで見たことはあったけど、手に取ったのも食べるのも初めて。」

あ、食べていいのかな? これも奢ってくれるの?
昼もアイスくれたし、
さっきも中也さんのサンドイッチにってジュース持って来てくれたし、

「なんか今日は芥川に餌付けされてるみたいだね♪」

籠絡なんて意味からの甘言なんかじゃあなかろう、
自然体でそんな一言が嬉しそうな笑顔つきで飛び出す片やも片やなら、

「この程度で懐くほど安ものでもなかろう。」

くすすと軽やかに笑って、
結構即妙な言いようを返す片やも片やであり。

 “…何処でそういうの覚えてくるのかな、この子たち。”

芥川くんのは間違いなく中也だろうな、いや待て広津さんかもしれないな。
間違っても首領ってことはないな、
討伐部隊って意味での直轄じゃああるけど、
会合の護衛についてくケースは少なかろうから、
よそゆきの態度ってのはあまり見てないだろうし…と。
かつての上司であり、且つ育ての親でもあろう恐ろしい存在へ、
結構辛辣な評を向けた太宰の傍らから、

「あーつーしー。」

洒脱な物言いのお手本と評してやったはずの伊達男さんが
地を這うような物騒なお声を立てつつ、
同じように見やってた若いの二人へずかずかと近づいてゆく。
はっきり言ってお怒りのご様子であり、

「その血みどろちんがいなシャツはどうした。」
「うう…。」

血みどろちがいだと思ってたのですが
ぐーぐる先生によると“血みどろちんがい”が正しい言い回しだそうで。
ちんがいというのは強調語で、途轍もなく血まみれだという表現となる。

「お茶の子さいさいの さいさいみたいなもんですか?」
「…さあどうだろか。」

それはともかく。(笑) 元師弟コンビが暢気な意見交換をしている前で、
先程どっかの庭先で宝箱を異能で掘り返してた重力使いさんが、
いとけない恋人さんの無謀っぷりをさっそく叱っておいで。
いくら怪我の方は超再生で跡形もなく治癒出来ても、
シャツがこの有様では不審過ぎ、そのままの恰好では帰れない。
気温の高い晩なのでいっそ脱ぎ去ってってもいいかもだけれど、
それでもきっと…海水浴場沿いの通りでもあるまいにと
立派な不審者としてどこかで職務質問に遭うだろし、
染みたばかりなのがありあり判る
鉄臭い暗赤色に染まったシャツなぞ持っておれば
やはり怪しまれること間違いなく。
こっそり捨てれば捨てたで
この界隈でどんな猟奇な事件が…という騒ぎが勃発してご迷惑をかけかねない。
そんなこんなというややこしい状況なのをどうしたものかと困りつつ、
とりあえずは漆黒の覇者さんの外套を借りて肩に羽織っていたところへ、
別の、そちらが本命の現場に当たってたお人が戻ってきたわけで。

 “目に余ることじゃあるしね。”

太宰も、そしてその場に居た芥川も
中也と同様、目を眇めて腹立たしく思ったこと。

  何でこの子は自分をそうも大事にしないのか、と

いつぞやに芥川が指摘したように
誰かに生きていていいよと言われるために、彼は戦い続けているらしく。
誰かを守れぬ存在には生きている資格はないと、
育ての親であるあの院の長に言われていたの、
いまだにその矜持の柱としているようで。

「漆喰壁なんてのは数時間もありゃあ修復出来んだ。」

あのおばさんの宝物だ、
だから守りたいって思った気持ちは判らんでもないがな、
誰も“生身で盾になってまで”とは思ってねぇぞ?

「治りゃあいいってもんじゃねぇ。
 こんだけの血が滲んだ怪我だ相当痛かったろに。」

ただの向こう見ずは“蛮勇”でしかねぇ。
褒められたこっちゃねぇんだよと、
敢えて辛辣な言いようをばかリ並べてから、

「おばさんも気に病むぞ?」
「…はい。」

白の少年が肩をすぼめてしおしおとしおれたところで、
俯いてしまった頭に手套つきの手をぽそんと載せる。
抑え込まれると思うたか、ひくりと震えた少年の髪、
そのままくしゃくしゃと掻き回し、

「説教は此処までだ。
 屋台を見て回りてぇなら、車に予備のシャツがある。
 それ着て行きゃあいい。」

うあ、結局甘いよあのお兄さんと。
太宰に苦笑させた保護者様だったが、

「…あ、いやそれは別に。」

手にもったままでいた綿あめを思い出した敦くん、
口許を隠すよにして上目遣いではぐと噛みついて見せれば、

 「〜〜〜〜〜〜それ、わざとか手前。///////」

まだまだ子供だという丸ぁるい輪郭の強調されよう上目遣いで、
こんなことされてはたまらぬと、赤くなった辺り、

 “…先達、ちょろすぎます。”

芥川くんに言われているようでは問題がと、
キリのないバカップルぶりを披露する二人だったりするのである。



     ◇◇


ひとしきりごちゃごちゃといちゃついてから(笑)
夜店の見物にも用はないならと、そこは切り替えも早く。
ヒマワリの種を両手で抱えたハムスターよろしく、
綿あめをはむはむ食べるのを…時々参戦しつつほのぼの見守って、
しっかり堪能しつくしたのを認めるとひょいと軽々肩の上へ担ぎ上げ、

「どうせ非番だったんだ。持って帰るが問題あるか?」

ご本人ではなく、同じ社の先輩へと訊いた中也であり。
聞かれた太宰も苦笑をし、

「そうだったね。お休み中なのだから、お仕事への報告や拘束義務はない。」

朗らかに応じてから、傍らにいる黒衣の覇王様へふふーと笑いかける。
ポートマフィアといや、今彼らがたたんだ相手以上の立派な非合法組織、
すなわち犯罪組織には違いなく。
本来は相容れない同士だが、
暗黙の了解として停戦状態が保たれており。
マフィアの首領は独り言として停戦状態を保ちなさいねと部下らへ言い渡していたし、
探偵社の社長もまた、不要な諍いは禁止と呟いていたので。

「芥川くんも一緒に中也のところへ帰りなさい。あとで迎えに行くから。」
「あー? お前もくんのか?」
「おやおや、今回の騒動の真相、説明要らないのかい?」
「う…。」

土中深くから謎めいた櫃を掘り出して見せてと言われはしたが、
そしてそれこそが連中の目当ての品らしいというのも判りはしたが、
実は全容というの、まだ明かされてはいなくって。
同じことを何度も言うのは面倒だということか、
一応の手続きとしての申し送りを軍警へと伝えてから、
協力してくださった露天商部門の皆様へのご挨拶もこなした太宰が、
中也のセーフハウスであるいつものマンションへ運んだのは、
そろそろ日付も変わろうかという時間帯。
夏の夜というのは昼と変わらぬほどにお元気なのか、
もうそんな時間だったのかぁと あらまあなんて感じつつ、
遅れて到着した背高のっぽの美丈夫さんへも冷たい飲み物を出し、
さてと、皆して今回の騒動の根っこだった案件とやらの解説を聞く構えとなる。
一応は守秘義務というものがある身だが、
それでも語ってよかろう要素だけをとかいつまんで繰り出したのが、

 「鉛ガラス? そんなもんが入ってたってのか?」

中也が異能で掘り出した櫃の中には、その手の骨董品が詰まっていたよというのだが。

「…ただのガラスだろに、
 地上げで周辺の土地まで買い占めてまで欲しがるもんかよ、それ。」
「まま、もうちょっと話を聞き給えよ。」

比重が大きく,屈折率が高く,軟質で加工性がよく,電気絶縁性にもすぐれる、
酸化鉛(II)PbOを含有するガラスのことで、

「高い透明度を有し、かつ屈折率 nDが1.520以上で
 光沢のある美しい輝き、および澄んだ音色で特徴付けられる…と言えば判りやすいかな?」
「…太宰さん、却ってややこしいです。」

光学ガラス(フリントガラス),装飾工芸用のクリスタルガラスとして用いられるほか,
電球や電子管などの管球用ガラス,X線などの放射線遮断(しゃだん)ガラスなどにも利用されており、

「バカラやスワロフスキーといやあ判るんじゃないかな?
 三星堂のウィンドウに飾ってある、ハリネズミやふくろうの置物とか、
 乾杯の時にいい音がする透明度の高いグラスとか。」

そうまで言われてやっとのこと、
あんまりそういった高級なものには縁も関心もない敦くんにも理解が追い付く。
綺麗だとは思うし、博物館なんぞへ見に行きはしても、
自身の生活の一部として身近に置きたいとまでは思わない…というレベルの関心度合いならしく。
そんな虎の子とは異なって、

「もしかして“桐谷グラス”でしょうか?」

ぽつりと口にしたのが芥川。
え?と中也や敦が意外そうに注視するも、

「そう。…ああそうだった、キミは骨董品への造詣が深かったね。」

アンティークなぞというこじゃれたものではなく、
書画や焼き物などという芸術品でもなく、
古民具系の生活感の残像が伺えそうな時代物の工芸品の面白さに惹かれ、
蚤の市なぞ時々覗くことがある彼なのを知るのは、実は太宰のみで。
中也でさえ知らなんだと、面食らってしまったのはともかくとして、

「桐谷グラスというのは、
 一部の好事家にそりゃあ人気のあったクリスタルガラスの作家、
 桐谷氏の手になる逸品のことでね。」

カットした部分がそれはまろやかな虹色に光り、
そこから反射して壁に映った光がこれまた繊細な蝶々の影を描くとかで、
夢見るお嬢様がたのみならず、目の肥えた収集家たちにも引く手あまたなお宝だった。
しかもその製法と鉛の配合は門外不出。
跡取りもないまま桐谷氏が早逝してしまったがため、
その製法はどこにも残されず、幻の蝶々は現存するものにしか見いだせない。

「要は、微妙な配合になるがため、
 同じ体積のものを作っても重さが微妙に異なってしまう。
 そのものを使わえねば完全な複製や復刻は不可能なというところに着目し、
 とある金庫の鍵代わりだった特殊なインゴットを生成したいという輩が、
 これを狙ってたというわけさ。」

錠前にそこまでの精密さを求めてどうすんだと思えるような、
非常識なまでの精緻さで作られていたがため、
鍵となるインゴットがガラス製だったという悲劇…というか喜劇というか、
すべて粉砕、若しくは喪失されていて開けられないという事態に追い込まれている金庫があって。

「中に入っているのは何かまでは知らない。
 当時の有力者だった政治家からの念書かもしれないし、
 国宝級の絵画や工芸品を納めているのかも。」

 なのでか、乱暴に開けるわけにはいかないとだけ聴いていてね。

今時の科学技術をもってしても、いやさ、
職人の感性という、機械ごときの技術では追いつけぬ
ファジー極まりない物差しを用いたくせに、
それを計る側の錠前は今世紀最大の緻密さと厳密さで対処する融通の利かなさよ。
大いなる矛盾の前に為す術なかった人々がどうしたかといや、
それが故の混迷の中、桐谷グラスを求めて
あちこちへ情報無いか無いかという情報提供の募集を掛けた。
それへ、これはいいカモだと食いついた輩の中、
資材となるガラス器があすこの屋敷の庭に埋まっているらしいとの情報を得た連中が、
自分たちでそれを得てから交渉に打って出ようと構えたらしく。

「なりふり構わず放った依頼だとはいえ、一応は極秘の伝令だったんで、
 言い値で金を引き出せようし、
 地位もある相手だから
 なんだったら永劫後ろ盾となってもらおうという欲だって出たかもしれぬ。」

「はは、そういう裏書があった地上げだったってか?」

なんてまあ面倒なと、呆れたような声を出した中也だが、
結構深いところに埋まっていた櫃であり、
彼のような異能でもあればともかく、
掘り出すには結構な準備も要って、何をしているのかを世間から隠すのは難しかっただろう。
とはいえ、

「隠しごととしたかったものがあっさり暴露されてりゃあ世話ねぇな。」
「うん。やり方が不細工すぎたね。」

ようよう事情が判ってないよな連中へ直接の手引きを丸投げした結果、
泣き寝入りして土地を手放した人ばかりじゃあなく、
気骨のあるご婦人が頑張って見せ、
そこへ敦らが引き留められの、中也もやって来のと、
呆気ない形で破綻を招く結果となったのだから世話はない。

「そうそう、あの角屋のおばあさん、
 敦くんに古本屋のおじさんが戻って来るらしいって伝えてほしいって言ってたよ?」

蒸し暑い中、口当たりが爽快なモヒートを堪能しつつ、
太宰がそうと付け足せば、

「わ、ホントですか?」

何であのようなシャッター通りに来ていたか、話してあったのを覚えててくれたようで。
ああ、やっと待望の本と巡り合えると両手を合わせて喜ぶ少年へ、

「?? 何の話だ?」

一緒に行動していた芥川にも通じている話、
唯一中也にだけ何が何やらなこのお話の冒頭のエピソード、
彼が紛失したままになっていると語ってくれた本を、
書店を巡ったり社長に相談したりと頑張って探していた敦だというのを告げたれば、

 「敦、お前…。」
 「…あ、それってもしかして▽▽っていう作家のかい?」

中也がご贔屓にしている、今は亡き多才な作家の本の話かいと
当のご本人がじ〜んと感動を噛みしめている傍らから暢気なお声を発したのが、
その話を持ってきた太宰であり。

 「そういや、私の手元にも一冊あったよなぁ。」
 「……はい?」
 「ほら、中也から借りたそのまま、私マフィアから出奔しちゃってさ。」
 「………それ。」
 「私の執務室がそのままなら、書架にあると思うけど。」

  「あのなぁ〜〜〜〜

人を振り回すのも大概にしろと、
ローテーブルへダンと足を踏み置く幹部様を、まあまあまあと虎の少年が引き留めて。
ありゃまあと
これはどちらの味方をすりゃあいいものか困ってしまった漆黒の覇者殿、
とりあえず明日の朝、太宰の元執務室を訪ねてみようと苦笑をし。
人騒がせな師匠殿へふふと柔らかに笑って見せたのでありました。






     〜 Fine 〜    17.07.29.〜09.09

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 *9月に入って以降、夜中はさすがに涼しい風が吹くよになりました。
  PC開いても集中できないと辛いですから助かります。
  というわけで、長々続いたお話、やっとの終結です。
  今回の元ネタというか事件の核は大したネタじゃあなかったので
  最後にやっつけぽく解説と運んでしまいましたが、
  そもそもこうまで長い話にするつもりじゃなかったのになぁ…。

  次は甘い話を書きたいですvv